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雨にぬれた青竹のように、少々つやっぽい緑がかった発色の青磁。青が中心の日本青磁に見慣れた者にとってはちょっとした不意打ちだ。しかし、水色っぽい青磁に比べると幾分冷たく厳しい印象を与える緑色系青磁は、造形的にもみじんの甘えも許さない潔さを感じさせる。 「中国・西安の近くに耀州(ようしゅう)窯という宋代の窯跡があり、そこで緑色の青磁がたくさん焼かれているんですよ。京都で修業していたころ、安宅コレクション(現東洋陶磁美術館)でそれを見て、この色はどうやって出るんだろうと不思議に思いました」 熊本義泰さんは瀬戸窯業専修校で窯業の基礎を学んだ後、京都の天目の第一人者木村盛和さんに師事。その後七年間の修業を経て、昭和54年に生まれ故郷の鹿島市に戻り、窯を開いた。 師の影響で当初は天目が中心だった。原料となる岩石を探し求め多良岳山系を歩き、その石を砕いて粉末にして釉薬(ゆうやく)を作る。大まかな発色の見当はつくが、窯の温度や釉薬の厚さで微妙な変化が生じる。禾目(のぎめ)、油滴、虹彩、光彩などと名付けられたさまざまな種類の天目も、数え切れないほどの調合と試験焼きの繰り返しを経て日の目を見たもの。 そんな熊本さんを青磁の世界へと引き込んだのは、当時交流のあった染色作家、故・鈴田照次さんの「青磁ばやらんね」という一言だった。天目を作りつつも、偉大な先人であり、師匠でもある木村の感性から抜け出せない自分に対し、ジレンマを抱いていたところでの示唆。熊本さんは新しい世界へとのめり込んでいった。 千年の時代を超え今も人々の称賛を集める宋代の青磁。中でも耀州窯の作品が持つ緑に強く引かれるという。ただ、焼成後、自然冷却によって器に生じる褐色に納得がいかず、それを取り除くために試行錯誤を繰り返した。その結果、窯の煙突にふたをして還元炎によって冷ますといった独特の手法を開発した。 「いつまでたっても実験と失敗の繰り返しですよ。なかなか思うようには仕上がってくれない。だからこそ挑戦のしがいもあるというもんです」 耀州窯の青磁に配された片切彫(かたぎりぼり)。片側だけを深く削る伝統技法だが、熊本さんはこれに幾何学模様を描き、現代的な息吹を吹き込むと同時にオリジナルの再現にも努めている。根幹を知らずして真の価値は見えてこないとの信念に基づいてのものだ。 「どんなものにもごまかされない深みのある緑色を追求したい。小手先ではなく全身全霊をかけた一人の作家として」と語る熊本さん。土と対話し、緑にこだわる作陶姿勢に、ふと求道者という言葉が頭に浮かんだ。 |
■熊本義泰窯 鹿島市浜町甲4050 JR肥前鹿島駅から車で7分、祐徳稲荷神社から車で5分。 駐車場は約3台分、展示場あり。 電話09546(3)2029 |
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このコーナーは平成12年度に開催された、大英博物館佐賀県陶芸展への出品を控えた陶芸作家のみなさんにインタビューを行った記事です。記事は「佐賀新聞」に掲載されました内容を転載しております。 ※作品、作家の写真は、佐賀新聞社提供によるものです。 |
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