この碗のあやめ文様は、珍しく写実的で鉄砂で描いたとは言え、実に複雑な窯変美を秘めています。当コレクションの所蔵品の中でもナンバーワンに挙げられる声価の高い茶碗です。
作調は概して肉厚、胎土も砂目のある荒い土、長石が厚い釉層を残していて、高台がことに低いので、作陶当時は碗の用ではなかったものを、後年茶人が茶碗に見立てて格上がりさせたのではないでしょうか。
生れは最も古い岸岳系統の窯ではないかと言われて久しいのですが、未だに結論が出ておりません。それどころか腰が低く胴が立上がっている半筒形は美濃によく見る特徴だとか、釉も志野風の長石釉で、生れは唐津ではないと断言する人もいて、その出自について色々と物議を醸しています。それ程碗自体に自己主張や存在感があり、見る人を魅了する不思議な雰囲気をもった名碗です。 |