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前回は神吉拓郎氏のエッセイを引用させてもらったが、今回は同じ直木賞作家の故・山口瞳(ひとみ)氏である。『礼儀作法入門』という著書に「タバコと灰皿」という一章がある。
山口氏が「いい灰皿」に求める条件は次の三つだ。@風が吹いても灰が飛ばない。A置物なのだからデザインが良くなくてはならない(大きさのことも含まれる)。B洗いやすいこと。
このような灰皿を探すこと、実に三十年に及んだ。つまり、理想とする灰皿が無いのである。
稀(まれ)に、名のある陶芸家の作品で、見るからに使いやすいようなものがあっても、十万円、二十万円するのは「馬鹿らしい」ので買わなかったとのこと。経験からして、条件の@とBとがなかなか合致しないという。
いよいよ困った氏は、食器専門店で北欧製の、やや底の深いスープ皿を十枚買う。山口家は客が多いのである。それで悩みはいくらか解決したのだが、
スープ皿はやはりスープ皿であることを免れない。どこかが違う。
そのうちに氏は、ある高級レストランで全く同じスープ皿が出てくるのに遭う。そして、折角の灰皿を厭になってしまう。やがて氏は実に簡単にして単純なことに気づく。自分でつくればいいのだ、と。そこで自分でデザインして、かねて懇意の陶芸家につくってもらったのだった。
白磁(柄とか模様はない)、正方形の皿、そこに正方形の蓋がのる。蓋に正方形の穴があいている。一辺11センチのもの10個、10センチのもの10個、深さはともに5センチ。これが山口瞳氏が求めた理想の灰皿だったのである。
「たかが灰皿、されど灰皿」なのだ。嫌煙権者優勢の日本でもまだ人口の30%は喫煙者(かくいう私もだが)のようである。その多くの人がそれぞれに「いい灰皿」を探しているはずだ。まだまだ需要はあるのである。
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