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陶片を一つ持っていた。染付の磁器で、民家と水のある風景を描いた一部だけが、鈍い白の磁肌に残っている皿のかけらだった。ごくありふれた、一文の価値もない陶片だったが、私にとっては、なかなか捨て難い玩具だった。
福岡県須恵町のとある窯跡の土の上に転がっていたのを拾い、町の教育委員会の人の許しを得て入手した。時代はいつごろか知らないが(調べも、尋ねもしなかった)、落ち着いた藍の色で描かれた絵がのんびりしていて、せせこましくなく、好ましかった。
ひところは、そのささやかな陶片を眺めては、全体の絵を想像したり、それを描いた江戸時代の職人のことをさまざまに思ったりして楽しんだのだった。いまはどこに仕舞い忘れたのか、数ヵ月、その陶片を見ない。
私がやきものに関して素人だから、はなしはそこら辺りで終わるのだが、この陶片というもの、陶芸家や研究者にとっては実に重要な意味をもっているのである。
私などが漫然と眺めるだけの陶片でも、専門家が鑑(み)れば、陶器、磁器とを問わず、その小さな物の中に、土の質、器の形、高台のつくり、高台内の目跡、釉(うわぐすり)の種類、色絵の絵の具、文様、銘などから、いろいろな特色が読みとれ、産地やつくられた年代などを特定できるのである。つまり、陶片は、みる人がみれば、実に雄弁に物語ってくる物なのである。
そういう、地道な陶片の発掘調査の結果、たとえば、従来、「古九谷」はすべて加賀(石川県)で焼かれたとされてきたが、実はその多くが有田など肥前の窯で焼かれたものだということが分かったのである。
さらに現代の陶芸家たちも、それら古陶の破片をさまざまに分析・調査することによって、いにしえの技法を学び、現代に復元することが可能になり、その上で新しい創造へと向かうこともできるのである。陶片のもつ底力と言っておこうか。
■関連リンク レポート・講座「陶片を手にとって見る肥前磁器の技術変遷」
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