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ようやく秋の気配も濃くなり、日本酒がことさらにおいしい季節になった。私は日本酒は冷や(常温)が好みで、家では陶器の片口(かたくち)からぐい呑(の)みに注いで飲む。ぐい呑みとは「大きく深い盃」(「広辞苑」)で、文字通り一気にぐいっと呑むための盃だが、私は大ぶりのぐい呑みに注ぎ、何口かに分けてゆっくり飲んでいる。宴会などで使われる小さな盃では、注ぐ回数が増えて面倒なのである。
東京で編集者をしていて全国を取材で回っていたころ、荷物にならないし、大して高価ではないからと各地で買い求めたのに始まり、九州へ帰ってからも自分のために買うやきものはもっぱら酒盃。さて、どのくらいの数になったろう。時々、卓上に並べて、それを入手したときのことを思い出したりしているが、いつ、どこで入手したか全く記憶にないものもあって情けない思いをすることもある。
民俗学者である神崎宣武氏の著書『図説日本のうつわ』(河出書房新社)によると、盃は形態から平盃、チョク(猪口)、ぐい呑みに分けられるという。
もっとも古いのは土器の平盃だが、のちに漆器のそれがおもに儀礼用として普及した。チョクやグイノミは、飲酒が大衆化した江戸中期に出現。
とある。同書の別の個所で、猪口は当て字で、チョクは福建音または朝鮮音と「広辞苑」の説を援用している。そしてこの言葉は「日本における磁器発祥の地である肥前の有田皿山で根づいて広まった言葉ではないか」と推論している。猪口は本膳料理に用いる磁器の小鉢が原型で、そのうち中型の蕎麦(そば)猪口、小型の酒猪口に転用されたというのである。それも有田、波佐見で焼かれた磁器がほとんどだったとか。
現在、ざっくりした形や渋い色、土の感触などが好まれ、陶器やb器(せっき)のチョクやぐい呑みが人気だが、その発生をたどれば、いずれも磁器、それも肥前のものだったわけである。
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