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VOL.26 柴束文様・柴垣文様 | |
野山の雑木は切り揃えられて「柴」となり、壁、垣根、屋根などの建材として用いられるほか、薪として火にくべられるなど、かつての日本生活にはなじみの深いものであった。
刈った柴を束ねた「柴束文」は、しばしば梅などの花がさしてあるのがおきまりの文様構成で、中国磁器には見られない和様の文様である。マイセン磁器工房では柿右衛門様式のこうした花付きの柴束文を取り入れており、1740年頃の皿でポーランド・ザクセンの複合紋章を主文様とし、周りに柴束文を散らした和と洋の文様を組み合わせた例が知られる。 柴垣は田舎屋のしつらえとして一般的なものであり、古くから文学や絵巻などに登場する。古伊万里の文様としては、花をつけた樹木の根元や屋敷の周りの囲みとして描かれる。とりわけ樹木、樹木に停る鳥、草花とともに描かれている例が多く、木、花、鳥の種類を変えて組み合せ、何とおりものパターンをつくる応用のきく文様モチーフである。柴垣が独立した文様として描かれる例は少ないが、古伊万里には図のように雪を被った柴垣のみで構成されているものが存在する。冬の情景の点景として雪持柴垣は浮世絵や絵巻などに描かれるが、明暦期(1655〜1658)頃には「柴垣柴垣柴垣越しで雪のふり袖ちらとみた」という柴垣節に合わせて踊る柴垣踊が流行したということから、この柴と雪の組み合せは、あるいは約束ごとであったかもしれない。 (藤原友子) |
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