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やきものにみる文様VOL.21 月兎文様(げっともんよう)




 月面のクレーターがかたちづくる陰影に、兎の形を見い出したのは日本人だけではなく、南アフリカ・ヨーロッパ・インド・チベット・モンゴル・北アメリカ先住民の間に広く伝わっている。中国でも紀元前3世紀の『楚辞』天問編に月中の兎のことが歌われ、また湖南省で発見された紀元前2世紀の馬王堆1・3号漢墓出土の、絹布に絵を描いた「帛画」に、月中に兎と蟾蜍(せんじょ・ひきがえるのこと)の図案が描かれている。

蟾蜍については紀元前2世紀末の『淮南子(えなんじ)』覧冥訓に、弓の名手・げいが西王母という女神からもらった不老不死の薬を、その妻・こう娥(こうが)が盗んで月へ逃げたという話があり、『後漢書』には月でこう娥が蟾蜍に変身したとある。宋代の『後山叢談』は、地上の兎はすべて雌で、月の兎は逆に雄ばかりだから、地上の雌兎は月光をあびて妊娠するという俗説を収録している。また古い中国の習俗では、陰暦8月15日(日本の十五夜、中国では中秋節)の際、「兎児爺」と呼ばれる兎の顔をした粘土製の武人像を飾るという。

 日本では餅をつく兎のイメージがあるが、中国ではもともと杵臼で不老不死の薬をついていた。月の満ちては欠け、欠けては満ちる様子が、不老不死・再生の思想と結びつけられたのであろう。日本の『竹取物語』でも、月へ帰るかぐや姫が、老爺老婆に不老不死の薬を残していく。

 このように月や兎は不老不死・再生の吉祥文様として中国で愛好され、陶磁器の意匠にも多く採用された。写真は初期伊万里の染付吹墨月兎文皿で、上の方に三日月が、左下に兎がそれぞれ吹墨技法で描かれ、右下の文字は「春白□兎」と読める。 (渡辺芳郎)
佐賀県立九州陶磁文化館報
セラミック九州/No.26号より(平成5年発行)

■写真…染付吹墨月兎文皿(柴田夫妻コレクション)
C佐賀県立九州陶磁文化館
■編集・著作…佐賀県立九州陶磁文化館
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