Vol.30 |
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千羽鶴
(せんばづる)
■発行所
新潮文庫
■著者
川端康成(かわばたやすなり)
■定価
438円
■ジャンル
小説 |
志野茶碗がよびおこす感触と幻想を地模様に、一種の背徳の世界を吸いつつ、人間の愛欲の世界と名器の世界、そして死の世界とが微妙に重なりあう美の絶対境を現出した名作である。
(カバー広告より)
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亡き父の元愛人である二人の女とその娘。主人公・菊治の縁談話を縦糸に、彼と彼女たちの複雑に絡み合う情愛と情念を描いた作品です。
愛人の一人、栗本ちか子は、菊治の母が亡くなったあと、彼の縁談を画策し、ある令嬢とのお見合いの茶会を開きます。
彼はそこで美しい令嬢と合間見えるのですが、その席にはなぜかもう一人の愛人だった太田という未亡人とその娘文子が同席していました。
菊治に今は亡き父の姿を重ね合わせた夫人と、彼女の魅惑に囚われた彼は、自然な流れで夜を共にしてしまいます。
片方には罪の意識があり、もう片方には彼への情愛の気持ちがあり、二つのせめぎ合う気持ちの狭間で苦しむことになった夫人は、その後、神経を病んだ末に自らの命を絶ちます。
物語には、茶の湯が舞台装置として効果的に使われていて、志野茶碗を見る目をとおして、女に抱く官能美や男の心理が見事に描かれています。太田夫人の形見になった志野茶碗が、菊治を妖艶な幻想の世界へと導くところは、読みどころの一つと言えるでしょう。
そして、この小説の面白さとして忘れてはならないのが、ちか子の存在です。胸に痣のある元愛人として登場するちか子は、毒を撒き散らす女であり、菊治と太田夫人や娘文子との仲を引き裂く女として登場します。彼女は愛人でなくなったのと同時に女も捨ててしまったと書いてあるだけで、彼女の哀しみは描かれていませんが、彼女の心の中にも、拭い去れない深い痣があるということを、知っておく必要があります。
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