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Vol.23 |
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ゆりが咲くとき
(ゆりがさくとき)
■発行所
文芸社
■著者
しずく
■定価
1,000円
■ジャンル
現代小説 |
陶芸の町、信楽を舞台に綴られる感動のドラマ。
ゆり子27歳。人の愛、神の愛、自己存在の意味を知るとき新たな生がはじまる。(カバー広告より)
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心を通わすことのない両親、何の成長もなく楽しみもない職場。そのような環境から逃げ出すために、信楽の町に迷い込んできたゆり子。小説の冒頭にある、列車の車両に迷い込んだ小鳥の姿は、陶芸の町を舞台としてゆり子の心境を写すとともに、作者の心境を綴ったものであるともいえます。「自分に合う場所に、いつか、きっと」
この小説は、「小説における救いとは何か」を考える上で興味の尽きない小説です。登場人物のほとんどが、過去かもしくは現在に暗い経験を持っており、物語が進んで行くにつれてさまざまなことが明らかになっていきます。ゆり子の親友である実佳は、父親がだれか分からない子供をみごもり、一人で生み育てることを決意します。広人を巡ってゆり子をライバル視する初音には、自分の母親を「お母さん」と呼ぶことができなかったという不遇な家庭環境があり、ゆり子の両親についても、母親である和子の夜遊びの原因が、実は父親の浮気にあったという事実が待っています。
ゆり子を愛し夫となった真行もまた、複雑な家庭環境に育ってきた男でした。物語の最後で、この小説の中で唯一暗い環境を引きずることなく前向きに明るく振舞っていた彼に、突然の悲劇が起ります。家が火事に遭い、逃げ遅れた両親を助けるために火の中に入っていった彼は、結局帰らぬ人となるのです。
あまりの悲惨な結末に、真行の描き方に「救い」がなく、やるせなさだけが残るのですが、作者は真行への「救い」を、残されたゆり子の未来に託すことで見事に終らせています。
またゆり子が陶器店で花器を見つける様子、登場人物の気持ちを象徴するかのような小道具として茶碗が用いられたりと、陶芸好きとしては別の角度で見逃せない場面も随所に散りばめられています。
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