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やきものが登場する物語
Vol.17
俺は鰯
(おれはいわし)
発行所
角川文庫
著者
鳴海 章(なるみしょう)
定価
838円
ジャンル
ハードボイルド小説

日々自分を酷使していた。休日は惰眠をむさぼるか、洗濯でつぶれる。十年間勤めた会社を高城はあっさり辞めた。池袋にある性風俗の店で高城は慧敏と名乗る女性に出会い、恋をした。デートの日、約束の時間に現れたのは三人の男達だった。高城は滅茶苦茶になるまで彼らに殴られた。そして慧敏が姿を消した。慧敏の行方を知る手掛りは新宿の台湾バーと日本橋の古美術商『蒼龍窟』―。平凡という名の仮面を脱ぎ捨てた男が幻の陶器と謎の美女を求めて命を掛ける。東京―台湾を舞台に壮大なスケールで展開する傑作冒険小説。(カバー広告より)


 太った豚にはなりたくない、だからといって痩せたソクラテスにもなれそうにない。二流の大学を卒業し、リサーチ会社に勤める高城は、三十三歳で会社を辞める決意をする。「鰯でいい。俺は鰯だ」と思いながら。

 会社を辞めてすぐ高城は、性風俗店である一人の女と出会います。名前は慧敏(フイミン)。彼女の行方と彼女が持つ中国の古陶器・汝官窯を巡って、池袋、新宿、台湾と、彼の冒険は始まります。
 汝官窯とは、中国・宋時代の前半、北宋時代の作とされる青磁であり、実際に、1992年12月のニューヨークのクリスティーズ・オークションにおいて、汝官窯の小皿が邦貨換算で二億円強の値をつけたことがあるという逸品です。

 汝官窯を狙うのは、台湾で貿易業を営む劉親子。高城と同じ年齢である劉駿源は、祖父輝發から受け継いだ財産と帝王学をもって、自分の欲望を満たすために暗躍します。それに引き換え、父である俊秀は、祖父が築いた財産の上にただだらしなく鎮座しているだけ。何としてでも、息子より先に汝官窯を手に入れたいと思った俊秀の動機は、駿源に対する激しい嫉妬心からでした。

 物語にはもう一人高城と同世代の男が登場します。劉駿源の部下として使える殺し屋の王です。彼もまた、高城と同じように自らの存在の希薄さに不安を感じる男の一人です。彼は、この世には選ばれた人間と選ばれなかった人間の二種類しかいないことを知っており、自分が選ばれなかった側であることを自覚しています。高城に注ぐ彼のまなざしがなぜか温かいのは、高城と同じような「鰯」ではないにしろ、彼の孤独な境遇を理解できるからです。

 最後にあとがきにある作者の言葉を紹介します。
「私が本当に書きたかったのは、必ずしもエスタブリッシュされていない土地がくたびれたサラリーマンを再生させる話だったのかも知れない」
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