トップ >> やきものが登場する物語 >> 故郷忘じがたく候(司馬遼太郎)

やきものが登場する物語
Vol.2
故郷忘じがたく候
(こきょうぼうじがたくそうろう)
発行所
文藝春秋・文春文庫
著者
司馬遼太郎(しばりょうたろう)
定価
400円
ジャンル
歴史的随想 ※短編集につき他二編を収む。

16世紀末、朝鮮の役で、薩摩軍に日本へ拉致された、数十人の朝鮮の民があった。以来400年、やみがたい望郷の念を抱きながら異国薩摩の地に生き続けた、その子孫たちの痛哭の詩。
(カバー広告より)



 薩摩焼の窯里、苗代川。十六世紀末に朝鮮の役で島津軍の捕虜となり、薩摩へ流れ着いた陶工たちの悲哀の物語を、簡潔な文章で見事に描いた作品です。物語は作者である司馬遼太郎の随想ではじまり、江戸の天明期から朝鮮の役まで語は遡ります。物語は大きく三つの流れからなり、一つは作者の現在随想、一つは江戸の天明期の医家、橘南谿の旅行記から材を得た苗代川の陶工たちの物語、そしてもう一つは、薩摩焼第十四代沈寿官の少年期から現在までの波乱に満ちた人生が描かれています。作中、白薩摩、黒薩摩、御前黒など、薩摩焼に関する事柄はもとより、薩摩が藩をして推し進めた近代陶業に関する歴史の一片を知ることができるなど、陶磁器に関する事柄を興味深く読むことができます。

 またこの小説は、朝鮮陶工たちの異国の地での数世代に渡る歴史物語を通して、故郷とは何か、民族とは何か、の問いを私たちに投げかけるものとなっています。
「故郷亡じがたく」とは「すでに日本に渡来されてから数代を経給うておりますために、ふるさとの朝鮮のことなど思い出されることもございますまい」との南谿の問いに答えた陶工・伸老人の望郷の言葉です。焼き物に関する記述もさることながら、私たち一人一人が「忘じがたく」と追憶することのできる「故郷」を心の中に抱いているかどうかを、そっとささやきかけてくる作品です。
Copyright(C)2002 Fukuhaku Printing CO.,LTD
このサイト内の文章や画像を無断転載することを禁じます