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佐賀県の陶芸作家
 
石橋國男 石橋國男
(武雄市)
石橋國男・昭和27年柳川市生まれ。伝習館高校から46年に佐賀大教育学部特別教員養成課程美術工芸専攻に進学し、陶芸を始める。県立大和養護学校を経て、55年から有田工業高窯業科(現セラミック科)に勤務している。56年に初入選して以来、日展に9回入選している。59年の佐賀美術協会展美協賞をはじめ日本新工芸展、九州新工芸展、県展などで多く受賞している。日本新工芸家連盟会員、九州新工芸家連盟会員、佐賀美術協会会員。
日展出品作の窯入れを前に、石橋さんは最後の追い込みの時期に入っている。今年入選すれば10回目で、会友に推挙される。「面を強調した作品に取り組んでいるが、悪戦苦闘している。節目だから、入選できればという気持ちは、いつもより若干強い」と静かな口調で話す。柳川市に生まれ、北原白秋生家の近くで育った。「白秋道路」を通学、「白秋祭」では童謡を歌った。有明海が格好の遊び場で、魚介類をとった。高校の時は、油絵をかきに、一人で干拓地によく通った。
「絵をかきたい」と、佐賀大教育学部特別教員養成課程(通称特設美術科)に進んだが、入学の際に工芸専攻となり、ここで焼き物と出合った。土こねから始まり、ひもづくりで土ものの花瓶、茶碗(ちゃわん)などを作った。文字通りの基礎的な勉強をした。

卒業して、県立大和養護学校高等部に赴任した。生徒の機能回復訓練で、ひもづくり、板づくり、型鋳込みを指導した。有田工業高窯業科(現セラミック科)に異動してから、本格的に磁器に取り組み、1年後の第2回九州新工芸展で公募の部大賞を受賞する。それ以来20年近く青磁一筋にやってきた。青磁は古来、多くの人をとりこにしてきた。「青磁貧乏」との表現をする窯元もあり、それだけ奥が深いということだろう。石橋さんは、造形に力を注ぐ。袋ものの量感と面取りの融合を模索している。「面取りできちょうめんに分割してしまうので、少し崩したり、口にも変化をつけていきたい」という。

佐賀大で指導した宮尾正隆教授(60)=佐賀美術協会理事長=は、「まじめな学生だった。最近の作品を見ると、まだ個性を出し切っていない。もう少し大胆にやってみてもいいのではないか」と助言する。

勤務する有田工業高では、生徒に技法をきちんと教え込むことに心を砕く。生徒の指導とともに、教務部でのパソコンを使っての文書づくりにも追われている。夜の8時すぎまでかかることもあり、制作の時間をまとめて取るのが難しい。

土、日曜日と夏休みに集中して制作する。セラミック科の7人の教諭のうち、5人が日展系に所属する。互いに批評し合い、いい意味での競争心もある。制作時間の制約はあるが、その意味では恵まれた環境にいる。

日韓交流展には毎年出品しているが、ヨーロッパは初めてになる。「ボリュームのある造形で迫力を出す」「透明感のある青磁の色を」と構想を練っている。「近代産業発祥の地のイギリスで、どういうふうに見られるか楽しみ。出すからには、自分で納得のできるものを」と静かに意欲を燃やす。ふるさと柳川の水の青さを映す青磁が、どのような評価を受けるか楽しみだ。
出展作品
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五面薄彫青磁壷

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精翠


このコーナーは平成12年度に開催された、大英博物館佐賀県陶芸展への出品を控えた陶芸作家のみなさんにインタビューを行った記事です。記事は「佐賀新聞」に掲載されました内容を転載しております。
※作品、作家の写真は、佐賀新聞社提供によるものです。
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