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柿右衛門の世界展
<会期:平成15年10月8日〜10月13日>
平成15年10月8日

 窓を開けると、爽やかな秋風とともにキンモクセイのほのかな香りが漂うようになりました。そんな秋の一日、佐賀市の百貨店「佐賀玉屋」で開催されている「柿右衛門の世界展」へ出かけてきました。「柿右衛門」をテーマとした大規模な展覧会は、佐賀市では初めてとのこと。また初日は、人間国宝14代酒井田柿右衛門氏による展示解説も行われたことから、会場は多くのファンで熱気に包まれていました。会場には、柿右衛門古陶磁参考館及び肥前陶磁のコレクションとして知られている田中丸コレクションから、江戸時代の柿右衛門様式の作品が、合わせて30点ほど出展。また14代柿右衛門氏の作品も10点近く展示されていました。

 柿右衛門様式の作品というと、鮮やかな色絵の器を思い出す人も多いのではないでしょうか。特徴としては、濁し手(にごしで)と呼ばれる乳白色の素地に、絵画的な色絵付けが施されています。これらの絵付け文様は、輪郭が赤や黒の細い線で描かれ、赤・緑・黄・青といった色で彩られています。しかし14代柿右衛門氏の解説によると、昨今ではこれら絵具や濁し手の原料(天然)が次第に少なくなり、その確保が難しくなってきているのだそう。この柿右衛門様式の典型は1670年から90年頃に流行した言われており、また「柿右衛門様式」の作品は江戸時代、ヨーロッパに数多く輸出され、繊細で優美な作風がヨーロッパの王侯貴族を魅了。当時のドイツのマイセン窯やフランスのシャンティ窯で模倣されました。
 今回の出展にもこうした輸出品と考えられる作品がいくつか展示されていました。その中のひとつ「色絵藤花文燭台(17世紀後半・田中丸コレクションより)」は、ヨーロッパ風の道具に日本的な絵付けが施されたエキゾチックな作品です。この作品は、実は福岡の大名であった黒田藩の4代藩主の棺の中から見つかったものだとか。おそらく大名家で愛用されていたものと考えられているそうです。また類似品がヨーロッパにも存在するのだそう。作品の柱をよく見ると、竹の節目のような形が施され、輸出品だったとはいえ、日本的な美意識も反映されているようです。

 柿右衛門様式には、皿類や壺などのほか、型打ち成形でつくられた鉢なども有名ですが、押型成形と呼ばれる技法でつくられた人形類もあります。本などでよく紹介される婦人立像のほか、動物などの人形もあります。押型成形とは、凹形の型に粘土を指で押しつけて成形する技法で、人形の各部をいくつかに分けてつくり、後に接合して成形を完成させるものです。柿右衛門古陶磁参考館からは、「色絵鶏置物(17世紀後半)」という人形作品が出展されていました。鶏のトサカや顔の周り、羽の裏面は鮮やかな朱色が施され、背中の羽や尻尾には青・黄・緑のカラフルな色が施されています。お腹部分は、素地の白い色がのこされており、その色の対比が美しい作品です。また鶏の姿もリアルでありながら、どこか愛嬌があり、目が釘付けになる作品です。

 この他にも珍しい器形の作品が展示されていました。「色絵花籠文臍(へそ)鉢(18世紀初期・田中丸コレクションより)」はその名の通り、皿の中央がへそのように凹んでいる器。西洋的な色絵の花籠の周囲に、東洋的な幾何学文様が染付で描かれています。一体どんな用途に用いられていたのでしょうか。
 「染付牡丹唐草文インク壺(17世紀後半・柿右衛門古陶磁参考館より)」といういわゆる文房具も展示。ひとつの器は、中央にインク壺をいれる穴と、ペンをたてる穴があります。もうひとつの器には、ちょうど塩・こしょうなどの調味料入れのような小さな穴がいくつかありました。実はこれ、砂を入れて振り出して使うものなのだそう。紙に書いたインクの文字が、早く乾くように、上から砂をまぶすのに使われていたのだそうです。これもヨーロッパからの注文品だと考えられています。
柿右衛門様式の初期のころから輸出品なども含めて、充実した古陶磁作品を見ることができました。


 展示解説の後、人間国宝14代酒井田柿右衛門氏にインタビューさせていただきました。


―ご自身の作品解説の中で12代から「余白を描けと指導された」という言葉が印象的でした。

(柿右衛門氏)簡単にいうと「余白を尊重せよ」という意味ですね。別の言葉でいうと「絵をかきすぎない」ことですね。柿右衛門の器というと、みなさん華やかな絵に目が行きがちですが、実は形と土の美しさが基本なんですよ。形を無視したり、土の美しさを損なうような絵は、いくら「絵が上手」でもいい絵付けとはいえません。
しかし、絵を描いていると、「絵を省く」という行為が非常に怖くなるんですね。怖いのでついつい描きすぎてしまう…。形がよく土の美しさがほんとに出ている物には、絵がかけないんですよ。不思議とね。



―よく聞く「余白の美」といったところでしょうか。


(柿右衛門氏)そうですね。日本人の美意識のひとつですね。私たちの仕事には、こうした日本的な美意識をいかに後世に伝えていくかという目的もあります。伝統的であると言われる有田でも、画一的な美しさや仕事が多くなってきているようですが、これでは有田に限らず日本工芸の美しさは失われていくのではと危惧しています。日本工芸の美しさとはもともと、その産地における原料なり、材料を特徴として生まれたものなんですね。そういった意味で、もっとこれからの人には素材に興味を持って欲しいですね。便利で安易な道具や材料を使うのもよろしいのですが、伝統を伝える仕事・産地としては、もっと考え試行錯誤しながら素材に取り組む必要性があるのではないかと考えます。
 そういった意味でも、古陶磁の作品を通して「素材の美しさ、大切さ」をぜひ有田の方に見ていただきたいですね。


■取材雑記

 今回の展覧会には、併設として食器展も開催され、柿右衛門窯の食器を使った、春夏秋冬をテーマにしたテーブルコーディネートが女性の人気を集めていました。季節のうつろいも日本独特の美意識をつくりあげた要因のひとつ。あわただしい毎日ですが、ちょっと立ち止まって、季節の空気を感じながら帰路につきました。
 

●佐賀玉屋ギャラリー(南館6F)
【所在地】佐賀市中の小路二番五号
【電 話】0952-25-6579(直)
【駐車場】有