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やきものにみる文様VOL.36 富士山文様(ふじさんもんよう)
▲染付富士山文小皿
C佐賀県立九州陶磁文化館所蔵


 富士山は言うまでもなく、日本一高い山。神々しい富士山は古くから信仰の対象であるとともに、和歌や物語にも多く登場し、絵画にもよく描かれています。また江戸時代には陶磁や染織、漆器などの工芸品でも富士山の意匠が多く用いられ、肥前磁器においても富士山文が多く描かれています。

 富士山の絵は『伊勢物語』などの絵巻・絵伝の一部に描かれたり、名所絵の一つとして三保の松原が描かれるようになったのがそのはじめと言われています。室町時代には富士山信仰と結びついた「富士参詣曼荼羅図」が盛んに描かれ、水墨画でも多くの富士が制作されました。江戸時代においても富士山は絵画の主要なモチーフで、室町時代の富士山が、白く雪をかぶり、頂上を三峰に描くことが定型でしたが、近世になると、狩野永徳や深幽らに見られるように実景の熟視と富士から連想される自身のイメージを重ね合わせた個性的な富士が出現します。さらに江戸中期になると写生に基づく富士図が多く描かれるようになり、また浮世絵にもしばしば登場し、富士はより身近な山になって行きました。

 肥前磁器において富士山文は、寛文期の前後頃から多く見ることができます。基本的には室町時代からの定型化された三峰型の富士山が多いのですが、中には「薄瑠璃釉色絵富士山文四足角皿」(柴田夫妻コレクション2-137)のように山裾を広くとり、実景に近い富士山を描いた例もあります。写真の「染付富士山文小皿」もほぼ左右対称の三峰型の富士山を描き、雲がたなびき、右下に寺院風の建物、下には簡略化された松原と網干を描いています。寺院は清見寺、松原は三保の松原を描いたものだと言われています。ほかにも皿の見込みに扇面や色紙などを描き、その中に富士山を配したものなど色んな形で描かれています。また文様だけでなく、三峰型の富士山をそのまま皿の器形にしたものも数多く作られていることも肥前磁器の特徴と言えるでしょう。
(宇治 章)
佐賀県立九州陶磁文化館報
セラミック九州/No.43号より(平成19年発行)

■写真…染付富士山文小皿
C佐賀県立九州陶磁文化館館
■編集・著作…佐賀県立九州陶磁文化館
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